Atsuko's mind

画家&母の活動のご紹介と日々の想いを綴っています。*本ブログの無断引用、転載は著作権法違反です。

「刻々」

「刻々」
厳島神社の回廊の一場面です。

神社建築の光と影が織りなす妙は、最も惹かれる美しさです。

光や音、風や時といった、自然そのものと一体化した空間で、建物以上に、それらが作り出す空間の美しさは素晴らしく・・・。

絵の中に「時」を封じ込めたいと、描いてみました。

刻々

「生まれる」

 「生まれる」
こちらもご案内状に印刷になった作品です。

 8年前に出産を経験しました。妊娠もつわりも出産も授乳も、動物的神秘体験。たとえば時間軸とか、天地上下左右などの位置とか、普段と全然違う時空を生きている印象がありました。

 我が子を見ながら、この子はどこからやって来たのかな?と、よく思います。
 また、小さな日常の奇跡の数々も、どこで何がどう起こしてくれた?とも。

 命は、あっちの世界からこっちの世界へやってきて、やがてまたあっちの世界へ戻っていく。何気ない日常の奇跡も、どこかで生まれ、こっちにやってきて、また戻ってく。それからまた、形を変えて生まれて、また戻って・・・なんてこと、よく思います。
 そんな時空のことを、どうにか描きたいと「生まれる」を描いてみました。

 因みに、よく描く厳島神社の回廊も、私にとっては同じような時空を感じて描いています。

生まれる

 

「オリオン」

 「杜から来た三人展」vol.2 の展示作品を、少しずつご紹介してみようと思います。

 まずは、ご案内状に印刷になった「オリオン」。

 ふと見た冬の夜の厳島神社の後ろには、どこまでも澄み切った夜空に、オリオン座が大きく輝いていました。神社が、宇宙や自然と共鳴しあっていることを、一層際立たせてくれる瞬間です。

 絹に描いた作品としては、初のお披露目です。小品で、印刷では少し暗めになってしまいましたが、本物はもう少し明るく仕上げています。これまで、夜空は、麻紙に何度も描いてきました。麻紙の場合、絵の具を複雑に塗り重ねることで、抜けるような空気感を表現することができましたが、絹となると、同じ方法は取れません。できるだけ薄塗りで、できるだけ少ない色数で仕上げていくことが大事になります。今回、墨と藍色のみで、夜空の深みを出す工夫をしてみました。展示作品は、額装に仕上げてもらいましたが、軸に仕立てても、面白いのではないかと思っています。

オリオン



展覧会のお知らせ

2019年9月24日〜29日まで、広島の三越画廊で「杜から来た三人展」を開催します。
会期中は、17時ごろまで在廊予定です。
ぜひ観にいらしてください。

三人展dm1

三人展dm2

オリオン
「オリオン」


生まれる
「生まれる」


たいせつなこと
「たいせつなこと」

観察

美術の力のひとつは観察力ですが、これが、育児にも役立つなあと思います。

昨日はこんなことが。

夕方、プールに連れて行きました。
よく、レッスンを頑張ったご褒美に、オヤツをねだられます。大抵はスポーツセンターの自販機でアイスクリームを買ってあげるのですが、昨日は、すぐそばの大型ショッピングセンターで用事を済ませたいと、練習が終わった後で行く予定になっていました。それで、おやつは自販機のアイスでもいいけれど、ショッピングセンターで買ってもいいと、選択肢を二つ与えていました。息子はいつものアイスの方を選びました。

その後、ショッピングセンターに行きましたら、棚に陳列されたたくさんのキラキラ眩しいお菓子達。それを見たら欲しくなったようで「買って買って」と言い出す。当然却下。しかし、しかし、ワーワーと全く泣き止まない。帰路の車中も、自宅に着いても、延々と泣き止まずにいました。次の機会にそこで買えばいいこと、今日は予定を変更するほど私自身の体調余裕も時間もないこと、そもそもちゃんと選択肢を与えており、選んだのは息子自身だということ・・・話せば話すほど、何度も何度も涙が溢れ出てきます。希望が通らないからといっても、あまりに辛そうだなあ・・・なんか妙だなあ・・・。単なるわがままと受け止めていたところが、だんだんと、息子の気持ち、何か他にあるような気がしてきました。

「何がそんなに辛いの」と尋ねてみました。
すると、ショッピングセンターのお菓子のこと、よく知っている場所なのに全く想像できなかった。なんでもすぐ忘れてしまう自分が悲しい。そんな自分はダメだ、そう言って、さらにワーンと泣きました。

ああ、自分のことが悔しかったんだ。

なんて健気。


その後、
次からは息子自身が思い出せるよう、もう少し詳しい説明を入れることを約束してやりました。

それから、
「忘れる」ことは「覚える」ことと同じくらい人間の大事な能力、忘れないと脳がパンクして大変で、夢は脳の記憶を捨てる時に見ているらしいなど・・・いろんな楽しい話もしてやることもできました。

忘れることへの罪悪感が減ったかどうかはわかりませんが、

じーっと観察したおかげで、

息子の苛立ちの矛先は、私でなく息子自身だったことに気がつけたなあと、

ありがたく思ったのでした。