FC2ブログ

エキスポ’70パビリオン

 太陽の塔の’70年代の創造物に心を奪われたら、エキスポ’70パビリオンという大阪万博の全貌がわかる展示館に行かないわけにはいきません。翌朝、遊園地に気を取られそうな息子を説得し、展示館へと足を運びました。

 幼少期、大阪万博には連れて行ってもらっているにも関わらず何にも覚えていない私。何か思い出せればという思いもありました。やはり、何も思い出さない・・・と思った矢先、目に飛び込んできたのは遊園地で遊ぶ人々の映像。遊園地で遊んだことはしっかり思い出しました。あともう一つ、展示されていた手のひらでできた椅子にも記憶が蘇りました。これまた毒々しい昭和カラー。実際に腰掛けることもできました。

 大阪万博に関わった人々のこと、パビリオンの様子、ここでは当時のことがよくわかります。スペースシアターという円形の劇場で(最近まで未公開のまま保存されていたらしい)、岡本太郎が語る万博に込めた思いの肉声も聴くことができました。その内容は、太陽の塔を取り巻く会場の地上階は、この世界は偉い人が支えているのではなく、平凡な生活を送る一人一人が支えていることを語り、空中には、未来の生活が表現され、平凡な一人一人ながらも、希望をもって生きている一人一人だということが同時に表されている。地下は、人間になる前の命の元が表現されていて、これらが何一つ欠けても成り立たないのがこの世界であると・・・言葉は少し違うと思いますが、そんなことを語る肉声でした。

 熱狂の様子、規模の大きさ、どれほど大きな祭典であったか、どれほど多くの人が訪れたか・・・昭和の興奮が伝わってきました。
 みんなが幸せな未来を信じて疑わなかった、そのことこそが幸せだと、今の時は語ります。あの時に夢見た未来の日々は、今、どれくらいここに在るでしょうか。
 
 大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」でした。大量消費に向かって進む中で、これらを実現していけるものと確信していた機運が圧倒的な中、岡本太郎は根源的なところで私たちにとって大事なことを語っています。人々が熱狂した大阪万博のほとんどが消え去る運命にありましたが、太陽の塔だけは残されました。昔も今も変わらず新鮮に響き、きっとこれから先もずっと、日本人のアイデンティティを支えつづけてくれることでしょう。素晴らしいアートに、心から敬服します。

 ところで、熱く語っておりますが、カメラの電池がなくなるわ、息子がしびれを切らして何度も呼ぶわで、実際は落ち着かない観覧で、それゆえに身勝手な解釈になったかもしれません。あしからず。いずれにしても、’70の興奮を味わってみたい方は、ぜひエキスポ’70パビリオンを訪れてみていただきたいです。

 それにしても、ほとんどの記憶は遊園地だという私にくらべて、たとえ七歳だとはいえ、息子は、これほど太陽の塔に魅せられていることは、親ばかながら嬉しいことです。出会いはEテレの番組。単純な出会いながらも、その奇跡に感謝です。太陽の塔の三つの顔のことも、生命の樹のことも、この度あらためて息子から教わりました。内部公開はこの春から、しかも、予約がなかなか取れない中、こんなにレアなうちに行けたのは、熱中してくれた息子のおかげです。また、薄い記憶ながらも私自身が大阪万博を訪れていたことが、余計にこの度の奇跡を引き寄せてくれのだろうと思います。連れて行ってくれた両親、お世話になった親族に、深く感謝します。

つづく

S0730330.jpg

S0690320.jpg

2018081012050000.jpg

2018081012060000のコピー

2018081011580001.jpg

2018081012220000のコピー


2018081012140001.jpg

 
スポンサーサイト

コメント 0件

コメントはまだありません

コメントをどうぞ